鬼が笑う夜 近藤さんの掛け声で宴会が始まってから、だいたい2時間くらいが過ぎた。 襖を取り払った大広間には、空き缶が転がり、酔っ払いが横たわり、枝豆やらなにやら食い物のカスが散らかり、それはそれは悲惨な様相を呈していた。 今日はトシの誕生日祝いをするぞ、と満面の笑みで張り切る近藤さん。もう誕生日を祝うような歳でもねェだろ、と言う俺の意見が聞き入れられることはもちろんなく、局長の号令の下、あっという間に宴会の準備は整った。 仕事の時もこれくらい動いてくれりゃいいのに。つまり、こいつらは人をダシにして飲みたいだけなのだ。 仕方ねェなァと呟いてみるが、楽しそうな近藤さんを見てたらどうでも良くなった。 「おぉ、トシ、飲んでるか?」 「近藤さんほどじゃねェけどな、結構飲んだぜ」 そーかそーかと近藤さんは上機嫌に酒を注ぐ。その顔は既に真っ赤だ。 「世間じゃァ、ゴールデンウィークだなんだって言ってるが、俺たちゃァ休みなんてあってないような生活だからな。いつも働いてくれてる分、今日は存分に飲んで楽しんでくれよ、な!」 明日も仕事があるけどな、と言えば、二日酔いが怖くて酒が飲めるか、と笑う。仕方ねェなァとつられて笑い、杯を傾けた。 「誕生日おめでとうございまーす。お酌しに来ましたー」 「おっ、いいなァ。やっぱり女の子は気が利くなァ。トシ、良かったじゃないか」 振り返れば瓶を抱えたがちょこんと座っていた。なぜか振袖を着ている。お誕生日なので、特別サービスです、と愛想を振りまいている。 「ささ、どーぞ、土方さん。たくさん飲んで下さいねー」 「ちょっと待て、注ぐのはいいが、一升瓶から直接猪口に注ぐな。ちゃんと徳利を経由しろ。オイコラ、やっぱこぼしてんじゃねーか」 勢いよく注がれた日本酒は、思っていた通りに、やはり勢いよく猪口から溢れ出る。着物にこぼれちまったじゃねーか。 「あぁん、もう、何やってんですか。動いたらこぼれるに決まってるじゃないですかぁ」 「いやいや、明らかにお前の所為だろ。なに涼しい顔して責任転嫁してやがる」 「それとも口に直接注げばいいんですかぁ? あ、わかった、口移しがいいんでしょ? いやだー、土方さんたらエーローいー」 「あっ、ちゃん、俺口移しがいいな!」 「ホント、まじウザイんだけどなんなのコイツ。オラ、酔っ払い共はあっち行け。干しイカやるから」 「ぶっぶー、残念でしたー。まだ酔ってませーん。一滴も飲んでませーん」 「あれ、俺の発言はスルー?」 「そーか、わかったわかった。じゃああっち行け」 「だってさっき見廻りから帰ってきたばっかりですもん。飲む暇なんてあるわけないじゃないですかぁ。もうボケちゃったんですかぁ、土方さんたら」 「おぉ、夜勤だったのか。そりゃあお疲れだったなァ。仕事の後の酒は美味いぞォ。ほらほら、たんと飲みなさい。お父さんが口移しで飲ましてあげるから」 「すごーい、このゴリラ、人間の言葉喋ってるー。着ぐるみなのかなー、中に人が入ってたりするのかなー?」 「ちょ、ちゃん、口の中覗きこんでも中に人なんか入ってないいいたたたた! 口が裂けるゥゥ!!」 素面なのに、酔っ払った近藤さんとタメを張るなんざ、どんな頭してんだコイツ。 締まりのない横顔を眺めていたら、俺の視線に気付いたが、飲みますか、と一升瓶を掲げて見せた。 「お前だけには注がれたくない」 「そんなイジワル言っちゃイヤン」 擦り寄るを肘で押し返す。 「つーか、お前、何で振袖着てんだ? 酒こぼして汚しちまう前に着替えてきたほうがいいんじゃねーの」 「いやいや、キレイな子がキレイな着物で酌してくれりゃァ、いつにも増して酒が美味いじゃねェか。ちゃん、すごく可愛いぞ」 近藤さんが手放しで褒めると、もふふ、と嬉しそうに笑う。 「だって今日は土方さんの誕生日じゃないですか。晴れの日に着るから晴れ着って言うんですよぉ。どうですか、キレイでしょー」 「着物がな」 「一年に一回しかない誕生日だから、めいっぱい、力の限り、全身全霊でもってお祝いしようって決めてたんです。私の心意気、感じていただけましたか」 愛されてんなァ、と近藤さんがニヤニヤ笑いながら囃し立てる。たかが誕生日に大騒ぎしすぎだ、と仏頂面をして見せるが、悪い気はしない。も、土方さんたら冷たぁい、と拗ねて見せるが、その表情は明るい。 空の猪口を突き出せば、が酒を注いでくれる。お前も飲め、と徳利を押し付けると、では頂きますとも微笑んだ。乾杯、と二人で揃って酒を呷る。辛口の日本酒が喉を焼く感覚に、軽い目眩を覚えた。 仕事の後のお酒って美味しいですねぇ、とは屈託なく笑う。 お前が注いでくれた酒なら何でも美味い、とはさすがに恥ずかしくて言えなかった。 |