つまりは単純な話





他の隊士たちより、少し遅れて食堂に入る。予想通り、部屋の中は閑散としていて、残っていたわずかばかりの隊士たちも、もう昼を食べ終えるところだった。
食卓の片づけをしていた女中のが目敏く俺を見つけて、声を寄越す。
「あら、お疲れさまです、土方さん。今、ご飯を温めなおすんで、ちょっと待っていて下さいね」
が台所の奥に引っ込む所を慌てて呼び止めた。素早く辺りを見渡せば、最後の隊士が食堂から出て行ったのが見えた。
は、なんでしょう、と前掛けで手を拭いながら俺を見上げる。今更、喉が渇いていることに気がつく、そのくせ、掌は酷く汗ばんでいる。畜生、ガキじゃあるめェし。
「お前、もう昼飯は食ったのか」
「いいえ、みなさんが食べ終えたあとに、いただくつもりですけど」
声は、なんとか裏返らずに済んだ。ここで、がもう食べた、と言っていたら、俺はどうするつもりだったのだろう。
「じゃあ、カツ丼食いに行かねーか。すぐそこに旨い店があるんだけどよ」
「はぁ、カツ丼ですか」
は目を丸くさせて、気の抜けた相槌を打つ。そりゃそうだ、じゃあカツ丼って、何が“じゃあ”なんだ。
「あんま、休んでねーんじゃねェかと思ってよ。奢ってやるから」
「あー……でもカツ丼って、いつものスペシャルなやつですか。なんか、カツ丼が可哀相」
「おい、なんだかわいそうって。んなことねーだろ、むしろカツ丼だってマヨネーズかけられて喜んでんだろ」
「それで喜ぶのは土方さんだけですよ」
口を開けば開くほど、己の意図しない方向へ話が転がっていくのは何故なんだ。もうちょっと、都合よく会話が弾んだっていいんじゃねェのか。
「よし、なら蕎麦行こうぜ、蕎麦」
「そうだ、おそばと言えば、土方さんたらせいろにマヨネーズつけないでくださいってあんなにお願いしたじゃないですか。洗うの大変だったんですから」
「なぁ、お前、俺の話聞いてる?」
旨い店を知っているとカツ丼に誘っておきながら、いつの間にか蕎麦にすり替わっている。そんな矛盾に気がつかないほど、俺は動揺していた。しかし、これは、あれか。遠まわしに断られてんのか。
「わかった、甘味も奢ってやるから、おら、行くぞ」
「土方さんたらみたらし団子にもマヨネーズかけますよね。あれって、甘味への冒涜ですよね」
「ったく、てめーは文句しか言えねーのか! そんなに嫌か!」
「嫌っていうか、土方さんの目的がさっぱり分からないんですけど。言っときますけど、マヨネーズは一週間に10本までですからね、譲りませんよ」
そーか、わかった。お前が天然で鈍感だってことがよーくわかった。なら、はっきり言ってやるから耳の穴かっぽじって、しっかり聞きやがれ。俺にここまで言わせるたァ、いい度胸だ。
「目的はな、デートだよ、デート。逢引っつってもいいぜ。で、行くか?」
は途端に耳まで真っ赤になった。無意識に後ずさるのを見逃さず、腕を掴んで引きずるように食堂を後にした。
ま、行かねェなんて選択肢なんざ、ハナから認めるつもりはなかったけどな。