器用に生きるなんて、できないけれど





君を守ると、勝手に誓うよ





「相変わらず、生傷の絶えない生活をしてるのね」
「別に俺だって好きでケガしてるわけじゃねーよ」
包帯を巻きながら文句を言うと、思ってた通りのやる気のない返事をかえしてくる。
このやりとりも何度目だろう。私はこれ見よがしに、大袈裟にため息をついた。
一番酷い傷は肩だった。どう見ても刀傷だ。他にも手や足にたくさん切り傷があり、心配して何があったのと聞いても、ヘッドホンをした非常識な若者とケンカしたとしか教えてくれなかった。
いつもそうだ。私がいくら心配してものらりくらりとかわすだけで、決して核心には触れさせない。もちろん、私に話しをしたところで何が変わるわけでもないだろうが、銀時がケガする度に、手当てをするのは私なんだから、少しくらい教えてくれたってバチは当たらないと思う。


「でもね、銀時だってもうそろそろ三十路でしょう? いつまでも腕白小僧じゃいられないんだからね」
「おまっ、まだ三十路じゃねーよ。ピチピチの二十代なんだからな!」
「だからそろそろって言ったじゃない。それにピチピチって言ってる時点でもうおっさんなんだから」
銀時に次々と包帯を巻きつけながら、体に残るいくつもの傷跡を目で追った。これらの多くは戦争のときに負ったものだが、比較的新しい跡もある。ほとんどが私が手当てした傷だった。


私と銀時の付き合いは長い。当時はまだ、攘夷が盛んに叫ばれていて、各地で天人と侍が戦っていた。そんな時代、銀時は戦争に参加し、私は医者の真似事のようなことをしていた。
天人に来る以前は、まだ医学や医師制度といったものが確立されておらず、私は師と仰いでいた人の下で治療や製薬を学んでいた。師匠が一人前と認めさえすれば一人立ちできるような、基準の曖昧なものであり、慣習でもあった。戦争で、人手が足りないところに、師匠と共に半人前の私も駆り出されたのだった。
次々に運び込まれてくる患者を目の前にして治療のための勉強と平行して治療を行った。覚束無い手付きの私を危ぶむ人も多かったが、銀時はいつも下手くそと文句を言いながらも私のところに来た。銀時曰く、いつまでも半人前じゃ困るとのことだったが、どんなに手当てが上手くいかなかった時でも、必ず最後にサンキュと言って、笑ってくれた。


手当ての甲斐なく死んでいく人もたくさんいた。私にもっと力があったら、技術があったら、知識があったら。戦争が終わったら、もっと勉強して多くの人を助けられるようになろう。そう誓ったのもこの頃のことだった。
人間と天人。どちらの技術が優れているかなど、比べるまでもなかった。船も武器も、医学も天人から見れば私たちの持つものなど玩具に等しかったに違いない。果たして、戦争は天人の勝利に終わり、私たちは負けた。私は医師制度が整いつつあるさなか、がむしゃらに勉強して、なんとか看護師の免許を得た。


「ケガしたなら、ちゃんと病院に行けばいいのに」
「今金欠でよォ。いいじゃねーか、だって医者みてーなもんだろ」
「看護師です」
「どーせ戦後のドサクサに紛れて取った資格だろ。胡散臭いって点ではあんまり変わんねーじゃん」
「消毒薬飲ませるわよ」
「スイマセンでした」


どんなに傷が深くても、脂汗を流してでも銀時は軽口を叩きながら治療を受けに来た。
派手にやられちゃったよ、数年前のあの時も銀時はヘラヘラ笑って、それでもおびただしい血を流しながら私のところにきた。
銀時の白い羽織は自身の血で真っ赤に染め上げられていて、白夜叉と呼ばれていた面影はほとんど見当たらなくなっていた。
治療が終わる頃、どんどん減ってくな、と銀時がポツリと漏らした。なにが、と聞くと仲間が、と返ってきた。手前のことで精一杯で、仲間がやられていくのを見てることしかできねェ。それを仕方ねェと割り切ることもできねェ。大事なモンなのに、ただただ取りこぼすだけなんだよ。銀時は俯いて、そんなことを言った。
私はなんと返したっけ。銀時がいつになく落ち込んだふうだったから慌てて、慌ててその場を取り繕うようなことを言ったのだ。確か、


「何もなくさねーで、生きていくってェのは無理だな」
私は驚いて、顔を上げた。考えていたことが、気付かぬうちに声に出ていたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。
「お前が昔、俺に言った台詞だ」
やっぱり銀時はやる気のなさそうな声で続ける。こちらに背を向けているので、その表情を窺うことはできない。
「最初聞いたときは、なに言ってんだコイツとか思ったんだけどな。最近よく思い出すんだよ。大事なモンのためじゃなきゃ、こんなにボロボロになるまで暴れたりできねーもんな」


治療をしていた手を思わず止めて、銀時の言葉に聞き入ってしまった。どうしたァ? と後ろを振り向かれて、私はやっと我に返った。
「あのとき、私は珍しく銀時があんまり落ち込んでいたものだから、なにか励ましてあげなきゃって思って」
傲慢だったと思う。傷の手当をして「あげる」 治して「やる」 でもいつだって、回復するのは患者自身の力によってなのだ。
「偉そうなことを言ったって、後悔してたよ。いつだって、血を流して戦っていたのは銀時たちだったのにね」
銀時はいつのまにか、体ごと私のほうを向いていた。でも私は、情けなくて恥ずかしくて、まともに銀時の顔を見ることもできずに俯いていた。
「んなことねーだろ」
項垂れた私の頭に、銀時の温かい掌が乗せられた
「あんな危ねー戦場で、はよく頑張ったよ。俺たちゃ刀を振り回して戦ってたが、は医者として戦ってたんだろ」
「でも」
「でももなにもねーよ。お前、気付いてたか? 俺やヅラや高杉が前線で負けまくって、後方支援のお前んとこまで天人が攻め込んでたら、お前ら真っ先に死んでたんだぜ?」
メスや注射なんかじゃ戦えねーだろ、と銀時は言う。
そんなこと、戦争に行くと決めたときから覚悟はしていた。命を捨てたと思ってついて行ったのだから。


「だったら偉そうでもなんでもねーだろ」
銀時が私の頭を撫でる。
「失う辛さを知ってっから、体張って命賭けて、必死こいて戦うんだよ。大事なモン失う痛みに比べりゃ、こんなケガ、屁でもねーよ」
「その割りに、消毒薬が沁みるって騒いでたじゃない」
「てめっ、せっかく俺がカッコイイこと言ってんのに、揚げ足とってんじゃねーよ」
まったくよォ、と銀時は溜め息をついて、おもむろに私を抱きしめた。
「ちょっと、」
「国だとか侍だとか、俺が守りたかったのはそんなんじゃなかった。それに気がついたときには、もうずいぶんいろんなモン落っことした後でよ、俺はどんだけ後悔したか知れねェ」
だからこそ、俺はもう失いたくはねーんだよ、と言って銀時は私の肩に顔を埋める。


知ってるよ。銀時がケガをしてまで戦う理由も、大切に思ってるモノも。
戦争で得たものはなく、失ったものは計り知れないほど多かった。でも私たちには、前に進むための足と、何かを守るための両手が残された。
「仕方がないから、銀時の怪我は私が診てあげるよ。私の治療できる範囲でね。だから、もうあんまり無理しないって約束してね?」
了解、と銀時がくぐもった声で答えた。身体に回された腕に力が入る。
「じゃあ、仕方ねーからのことは俺が守ってやるよ」


ねぇ、銀時。失う悲しみを知らずに生きていくことはできないけれど、それは得る幸せを知ることと同義だと思うんだ。何かを、誰かを守るために人は強く在れるものだから、私たちはきっともっと強くなれるはずだよね。
銀時の広い背中に手を回して、私は祈りにも似た希望を抱き締めた。