外は殺意さえ感じるほどの日差し とりあえず反抗期 真夏の日が射し込んでいる。 窓際の席はひどく暑くなっているだろう。蝉の鳴き声も暑さを助長するものでしかない。 グラウンドから怒声が響いている。夏休みのこんな日に、活動をしている運動部の奴らの気が知れない。 「あっつ……」 何度目か分からない文句を呟く。制服は風通しが悪く、足にまとわりつくスカートは不快指数を上げるのに一役買っている。 「文句言ってる暇があるならとっとと課題終わらせろや」 目の前には担任の先生が座っている。 「熱くて集中力が削がれます」 「大丈夫だ、お前は暑さにやられるような子じゃない。先生信じてるから」 そういう先生は棒アイスを咥えている。羨ましいことこの上ない。一口頂戴とお願いしてみたら、案の定、ダメと言われてしまった。 先日返却された国語の期末で、赤点をいただいた。先生は、絶対誰も赤点が取れないくらい簡単な問題を作ったのにと言っていたが、赤点は赤点だ。というわけで、先生に付き添ってもらって私は補習を受けているのだった。 「つーかさァ、お前なんで現代文だけ赤点なんだよ?」 なにこれ、いじめ? しかも課題のプリントだってちゃんとできてんじゃねーか。などと先生はさっきからブツブツ言っている。 「先生にマンツーマンで教えてもらいたかったんです。」 「お前に教えることはもう何もない! よくやった!」 「問4教えてください」 「お前って子は人の揚げ足ばかりとってェェェ!」 本当は期末テストも補習の課題プリントも難しいものではなかった。赤点を取ったのは先生と一緒に過ごす時間をつくりたいがための苦肉の策だった。 「ねぇ、先生?」 「んー」 「大好きです」 「知ってるよ」 それ言うの何回目だよ。つーか課題しろって。 アイスに夢中で先生は私のほうに見向きもしない。私はこっそりため息を吐く。 当たり前だけど先生は、教師と生徒という関係を決して崩さない。私がいくら愛の告白をしても、揺るぎもしない。 先生は大人なんだから、と自分に言い聞かせる。その大人の部分に惹かれたのに、今ではそこを少しくらい緩めてくれてもいいのに、と自分勝手に願ってしまっている。 こんなことを願ってるあたり、私はまだまだ子供なんだと、思い知らされる。 「よォ」 「なんですか」 「お前、他の教科はみんな成績いいくせに、何で俺のテストだけ赤点なワケ?」 私は少しだけ目を見開いた。 「先生、私のほかの科目の成績知ってるんですか」 「たりめーだろ。俺だって一応、教師なんだしよォ」 そりゃそうだ。成績通知表だって担任から手渡されるのだし、先生が私の成績を知らないわけがない。 「いやぁ、大変だったんですよ。現代文の期末テスト」 「なんでだよ。そんなに難しくなんかしてねーぞ」 「問題数から配点を予想して、どれだけ解けば赤点になるかならないかのぎりぎりのラインを狙ったんです」 「そんなことに労力使ってんじゃねーよ。普通に解け、普通に」 神楽だって50点は取ってんのによォ、と先生は文句を言う。いいんですか先生、他の生徒の点数ばらしちゃって。プライバシーの侵害じゃないですか。いーんだよ別に。減るもんじゃねーんだし。オラさっさと課題やれっつーの。 何気ない軽口も相手が先生ってだけでいつもの数倍楽しい。暑いのは辛いけど、先生を独り占めできて、それが嬉しくて私は秘かにに笑った。 「できたかー」 「あとちょっとー」 課題ができたら帰る。わかってはいるんだけど。 「先生、課題が終わったら、どっか晩ご飯連れてってくださいよ」 「何言ってんだ子供は早く帰って寝なさい」 先までの浮かれた気分はたちまち萎んでしまった。子供、かぁ。何を言っても、どう頑張っても、真面目に取り合ってもらえないで、はぐらかされてばっかりで。このまま卒業するまでずっと。 「ねぇ、先生」 「んー」 「私、土方君とお付き合いすることにしたんだ」 「……はァ?」 「この前告白されちゃって」 「……まじで?」 先生は本当に驚いているようだった。目は見開かれ、咥えていたアイスの棒は、今にも落ちそうになっている。 「いや、だって、お前……え、ホント?」 なおも先生は、うそ、まじでか、いやいやいや、でもな、などと口の中で繰り返している。 「ごめんなさい、嘘です」 先生のあまりの狼狽っぷりに、申し訳なくなって私は謝った。 「……はァ?」 「だってそんなに驚くとは思わなくて」 少しばかりびっくりさせてやろうって 「先生は、私が何を言っても真剣に聞いてくれないし」 いつも上手くのらりくらりとかわすものだから 「どういう反応してくれるかなって、ちょっと試してみたくなっちゃって」 少しショックを受けてくれたらいいなとか思って 「……ごめんなさい」 「そりゃ……お前」 ため息が聞こえる。 「散々『先生好きー』とか抜かしやがって、なのに彼氏ができたとか言いやがるし、俺は俺で一人でメチャクチャ焦っちまって、すげーカッコ悪ィしよォ」 一気にそう言って先生は、あーとかうーとか唸りながら頭を抱えてしまった。 「先生、ごめんね、怒った?」 私は慌てて先生の顔を覗き込んだ。 怒っちゃいないけどよォ、と小さく呟いた後、先生は勢いよく顔を上げていきなり両手で私の頭を挟んだ。突然のことに私は逃げることもできず、やすやすと先生に捕まってしまった。 顔が、近い。 何を、と疑問を発する前に、下唇に、柔らかく、生暖かいものが触れた。 舐められた。そう理解すると同時にカッと頬に血が上ったのがわかった。先生はそんな私を見てにやりと笑って、ようやく手を放した。 「な、なに」 私は思わず後ろへ飛びずさり、その拍子に椅子が大きな音を立てて倒れた。 「何って言われてもなァ」 先生はいつものヤル気のない表情に戻っていた。 「まァ、あれだな。なんだかんだ言って先生もまだまだ若いっつーか、青いっつーか、そんなとこだな」 じゃ、補習お疲れーと、手をひらひらさせて、先生はあっという間に帰ってしまった。 そして後に残されたのは倒れた椅子と、立ち尽くしたままの私。 私にどうしろというんだ。耳は熱いし、心臓は痛いし、唇は痺れている。 結局私は子供だった。思い知らされた。でもそれは決して不愉快なものではなく。 「……次のテストで満点とってやる」 私は私のできる精一杯の逆襲を心に誓った。 |