チョークの足跡を横目に





シャーペンが紙の上を走る音だけが二人きりの教室に響く。日直の一日の最後の仕事と言えば、日誌を書くことなのだが、俺との間には会話らしい会話もなく、思わず息まで潜めてしまう。
気まずい沈黙が膨らんでいく。日誌から顔を上げると、瞬きもせずに険しい顔をしてこちらを睨みつけていると目が合った。
「なにそんなガンつけてんだよ。親の仇みてーな顔して」
「別に親の敵なんて思っちゃないわよ。プリンの仇ではあるけど」
「だから、ありゃ悪かったって言ってんだろ。それにどっちかってェと俺じゃなくて総悟のせいじゃねーか」
弁解をすれば、は瞳を細めて言葉もなく俺を威圧してくる。その視線に耐え切れず目を逸らせば、ふんと鼻を鳴らす音が聞こえた。
確かにプリンの件に関しちゃ俺を総悟が悪い。
「せっかく人が奮発して買ったデザートを一瞬にしてダメにしてくれるんだもんなぁ」
「お詫びにアイス奢ってやったろ」
「なに、その上から目線は。っていうか、私はアイスじゃなくてプリンって言ったはずなんだけど」
全く、タチが悪ィ。これが食い物の恨みと言うやつか。


昼休み、俺への嫌がらせに興じる総悟と追いかけっこをした結果がこれだ。の愛しのプリンとやらは、彼女より先に床が全部喰っちまったというわけだ。
悪い、と俺がに詫びる間に総悟は振り返りもせず一人で逃げやがった。自然、の怒りは俺一人が負うことになる。
床に転がったプリンを黙ってたっぷり十秒ほども呆然と眺めたあと、はゆっくりと俺に視線を向けた。下手なホラー映画よりも恐ろしい。
「代わりのプリンを買ってきなさい」
有無を言わせぬ言葉は、思わず逃げ腰になっていた俺の逃げる気力も奪うような冷たい声で響いた。もちろん俺はこれ以上ないというほどの従順さで購買に走った。

「つーか、どう考えても総悟のせいなんだけど」
「私にとって問題なのは、プリンが食べられなくなったという事実だけで、誰のせいという責任の在りかではないの」
こんな感じで、たまたま今日一緒に日直だったというだけで、俺はネチネチといたぶられている。畜生、ツイてねェ。
大人しく、日誌を埋めていく。こんな日に限って、なかなかシャーペンは進まない。銀八がしっかりと日誌なんか読むはずもないのだから、適当に済ませてしまえばいいというのに。
静かになったを上目で窺うと、先ほどまでの厳しい表情とは打って変わって楽しそうに口元を綻ばせていた。
「ま、でもいいかな」
は忍び笑いすら漏らしている。なんだ、怒ってたんじゃ、なかったのか。
「プリンは残念だったけど、こうやって土方君とお喋りできたしね」
あとは、私の努力次第かな、と笑いながら首を傾げてくる。
おい、ちょっと待て、どういう意味だ、と俺が言葉を発する前に、の奴は、じゃあ、日誌よろしくと言って鞄を片手に颯爽と教室から出て行ってしまった。
俺といえば、シャーペンを持った手も止まってしまい、の残していった言葉を理解するのにひどく苦しんでいた。コレはアレか、俺の自惚れとかでなく、期待してもいいのか。
それにしても、なんて卑怯な奴だ。自分が言いたいことだけ言い逃げして、すっきりしやがって。
俺は先ほどの言葉の真意を聞くために、頼まれた日誌を放り出して、全力でを追いかけた。
に追いついたら、とりあえずプリンを買ってやるから一緒に帰ろうと声を掛けてみるつもりだ。