誠実な貴方を想う





いつかは触れる指先





今日もかなという期待と、いや今日こそはという思いが交互に胸をよぎる。
待ち合わせは11時。現在時刻は11時半。待ち人来たらず。しかも連絡もない。
こういうことは、別に今日が初めてってワケじゃないけど、別にだからといって慣れることもない。
そりゃ、仕事が忙しいのは知ってるよ。残業がない日なんて殆どないものね。
でも、久しぶりのデートなのに、30分も遅刻しといて、メールも電話もないなんてちょっと酷いんじゃないかと思う。


待ち合わせを決めた場所は、雑誌にも載るような有名なデートスポット。周りはカップルばっかり。……いやカップルしかいない。
私と同じように相方を待っている様子の女の子もたくさんいるけど、次々と彼氏と出会っては、手を繋いだり、腕を組んだりしてどこかへ行ってしまう。
おっそーい、待ちくたびれちゃったよぉ、って甘えた声出してんじゃないよ、あんた5分も待ってなかったでしょうが。腹立つな、羨ましいな、まったくもう。


にしても暑い。そりゃ夏だから当たり前だけど。ずっと日陰で待ってたけど、別にクーラーが効いてるわけじゃないし、むしろ外気温だから30℃くらいあるんだけど、これではマメに水分補給しないと本気で脱水症状になってしまう。
でも水分を摂ると余計に汗をかいてしまって、せっかくのデートだからって気合を入れてしてきた化粧なんかも、すっかりドロドロになってしまった。


今日は久しぶりのデートだってんで、昨日は早くに寝て、今朝は早起きして、お気に入りの着物を出して、念入りに化粧して、髪だって納得できるまで何度も結い直して、遠足前の小学生以上に気合を入れてきたのに、放置プレイもいいとこだ。
遅れる、とかごめんとか、たったそれだけのメールもできないの?ほんの数秒の電話もする暇ないの?
いっとくけど、私から連絡なんてしないからね。どうせメールは返してくれないし、電話にも出てくれないんでしょう?


土方さんはドタキャンの天才だ。いったいどんな才能だよ。迷惑なことこのうえないよ。
でも私は待ってるんだよ。前のデートの時も、そのまた前の時だって。今日だってずーっと。今日こそは来てくれるだろうって、今日もまたダメかなぁって。
こんなに根気よく待ってるのって、土方さんのことが大好きだからなのに。なんかもう、好きになり甲斐がないっていうか、報われない。私も大概、健気だなぁと自分で思うよ。


もしかしてここに向かう途中に事故に遭ったり、捕物で大怪我して連絡が取れない状況に陥ってるとか、まさか土方さんに限ってそんなことないよね。あんなに強いんだもの。いや、闘ってるところなんて見たことないけど、きっとものすごく強いに決まってる。
頭だっていいから、だから副長とか、二十代の若さで大事な役職を任されているんだし。
でも強くて偉いほど、危険な仕事ばっかりしてて、それで、万が一のことがあったら。



『悪い、仕事が入った』



遅い!遅いよ!こっちは暑い思いしながら、汗だくになりながら待ってたってのにさぁ、この仕打ちはないんじゃない?
私と仕事とどっちが大事よ、だなんて意地でも聞かないけどさ。だって土方さんは江戸の平和を守るために日々頑張っていらっしゃるんですから。
まぁ、私の心の平穏は日々乱されていますけれども。


あぁ。もう12時過ぎてる。どうしよう。ご飯を食べて帰ろうか。腹いせに買い物でもしようか。そう思う癖に足はここから動こうとしない。
本当は今日は、11時に待ち合わせしたあと、少し早めのお昼を食べて、ちょっとショッピングして、土方さんの好きそうな映画見てって予定も立ててたのに、全部水の泡だよ。一人で映画行ったって楽しくともなんともないし。
こんな風に、人並みにデートしたいとか思っちゃダメだったんだろうか。メールも電話も期待してはいけなかったんだろうか。
辺りに目を遣ると、私だけが待ちぼうけを喰らって、みんな楽しくしているように映る。


私だって1時間前には胸を膨らまして、愛しい人を待ちわびていたのに、この変わりようはどうだろう。
もう帰っちゃおうかな、次のデートの時に文句つけて、何がなんでもご飯をおごってもらうことにしよう。
でも次っていつになるんだろうか。ここ最近、まともに会えていない。たまに土方さんが市中見廻のときに、私が一方的に見かけるだけで、仕事の邪魔になると思うと、声もかけられない。電話もメールも土方さんからは殆どしてくれない。


土方さんは、私に会いたいとか、声を聞きたいとか、思ってくれないんだろうか。私が一人で空回りしてて、土方さんはそれに仕方なしに付き合ってくれてるだけなんだろうか。
あぁ、もうやめよう。ここで待っていたって落ち込むだけだし、土方さんが来てくれるわけでもないし、気晴らしに服でも買って帰ることにしよう。







いきなり、肩を強く引かれた。
「遅くなって悪かった。仕事が急に入っちまって」
そこに立っていたのは、まさしく、
「もっと涼しい所で待ってりゃ良かったのによ。汗だくじゃねーか」
そういって汗で額に張り付いた私の前髪を梳いてくれる。でも、そういう土方さんだって、玉のような汗を浮かべて、肩で息をしている。
「土方さん、お仕事は」
「メールしただろ、急な仕事が入ったから遅れるって」
「うそ、仕事が入ったから今日は無理って、そういう意味かと思ったのに」
私はメールを返信しなかったのに、帰ってたかもしれないのに。
「……悪かった。慌ててたから、言葉が足りなかった」
まったくだ。暑いし、イライラしたし、心配したし、悩んだし。私の葛藤をどうしてくれるんだ。
「じゃあ遅刻した罰として、お昼をおごって下さい」
「……おう」
「映画もおごって下さい」
「……わかった」
「あと晩ご飯も」
まじかよ、と呟きながらタバコに火をつける。タバコばっかり吸ってるから、走ってもすぐに息が切れるんですよ、というと、うるせーと返ってきた。
昼、何食うんだよ、土方さんは仏頂面で言ってまだ行き先も決めてないのに勝手に先に歩き始めた。でも私は、土方さんが私の歩幅に合わせてくれているのを知っているし、この暑い中、走ってきてくれたのも知っている。
もうちょっと、自惚れてもいいだろうか。土方さんの後ろで、一人ニヤけたあと、隣りに並んでお互いの指を絡ませた。