あんまり胸が苦しくて、たまらなくなって、その滑らかな頬に手を伸ばした。しかし、いつもその手は届くことなく、この人によって布団に縫いとめられてしまう。そうして、この人は満足気に口の端を吊り上げるのだ。まるで、昆虫標本のように貼り付けになっている私を見下ろして、私が悔しそうな、不満げな顔をする程、土方さんは嬉しそうに笑う。 『今日、午後10時頃行く』 仕事を終えて、携帯を開くとそんなメールが届いていたりする。私の都合も聞かないで、なんて勝手な人だろう、と心の中で一通り愚痴を言った後、私は夕飯の準備のために夕暮れ時の町をいそいそと急ぎ、閉店間際のスーパーに寄るのだ。 土方さんが好きそうなおかずを考えながら買い物をするのも、いつもより重い二人分の食材が入ったビニール袋も、ひどく嬉しい。 10時頃行くだなんて、その通りの時間に来てくれることなんて殆どないくせに。結局来られなかった、なんてことも一度や二度じゃないくせに。 それでも土方さんを想って料理するのは楽しい。どうせ、時間通りに来やしないんだから、特別手の込んだご飯を作ってやろう、とはりきっていると、そういう時に限って妙に早く来てくれたりするから困ったものだ。 一度、マヨネーズを切らしてしまったから、来る途中で買って来てくれと頼んだことがある。土方さんは素直に分かったと、コンビニに寄ってきてくれたのだけれど、両手に提げたビニール袋いっぱいにマヨネーズが入っているのを見た途端、私は思わず笑ってしまったのだ。隊服にマヨネーズってミスマッチね、と笑いながら言えば、足りねェって言うから買ってきたんじゃねーか、と土方さんは唇を尖らせた。 どうせ俺が使うんだから全部置いていくぜと、その大量のマヨネーズは私の家の台所に並べられたのだが、私が食べる間もなく、本当に土方さんは瞬く間にそれらを平らげてしまったのだ。 それでも、私は家に残されたマヨネーズを見るたびに、次はいつ来てくれるのだろうと土方さんを心待ちにしていたし、あの両手にビニール袋を提げた土方さんを思い出しては、まるで仕事帰りに買い物をしてきてくれた旦那様みたいだ、と一人夢を見ていたりした。 土方さんと体を重ねるようになって、随分経つ。土方さんは私の弱い所を知り抜いていて、的確にそこを攻め立ててくる。耳を食んで、唇で首筋をなぞる。胸の膨らみに優しく手を添えていたかと思うと、突然その頂を強く摘んだりする。やめて、と言おうものなら口は土方さんのそれで塞がれる。身体の中も深く、強く抉られて、私はひたすらに甘美な刺激を享受する。 土方さんは私を追い詰めるだけ追い詰めて、それでもなかなか追い上げることはしない。パズルのピースが一つだけ足りない、そんな絶妙な隙を作って、その穴に私を追い落とすのだ。 浅い呼吸の中で、なんとかこの人の名前を呼んだ時、土方さんは至極嬉しそうに、そしてこれ以上ないほどの優しい口調で私を絡めとる。 俺が欲しいって、そう言えよ、なァ。耳元で囁かれたその誘惑を、振り切る術を私は知らない。酸欠で朦朧とした頭では、まともな思考など出来るはずもない。体中から与えられる神経を揺さぶるような快感は、土方さんの言葉を鸚鵡返しにする選択肢しか与えない。 骨の髄まで沁みるような熱に、限界の近さを知らされる。強く、きつく抱きしめられる腕の中で、ここで死ぬことが出来ればどれだけ幸せだろうと、思いながら、私は太腿を大きく痙攣された。 乱れた息を整える間もなく、土方さんは優しく私を抱き寄せる。まだ汗の引かない背に手を回して、その逞しい腕を惜し気もなく枕に差し出す。丁寧に私の髪を梳いて、額に唇で触れる。 最中は、あんなにも意地の悪い顔をするくせに、事を終えた途端、別人のように優しくなる。ここまで女が喜びそうな仕草を熟知しているなんて、この人は一体どれだけの人を相手にしてきたのだろうと、見たこともない女に思わず醜い感情をぶつけたくなってしまう。 厚い胸板に頬を寄せて深呼吸をすれば、汗と煙草の香りがした。過去にどれだけの女がいたとしても、今この瞬間は、土方さんは私のものだ。頬を寄せた場所を唇なぞれば、くすぐってェと土方さんは身じろぎする。その子供のような声が可愛くて、何度も口付けを落とすと、土方さんは腕の中に閉じ込めるように私の身を抱きしめた。 「お前、俺を挑発してんのか」 漆黒の瞳は、既に熱を宿している。 「そういうつもりじゃなかったんだけど」 「なら、どういうつもりだよ」 大きな掌がねっとりと身体を這う感覚に、鳥肌が立つ。少し掠れた声が、鼓膜を突き抜けて、脳を直接震わせる。首筋にかかる吐息に、目眩がする。 土方さんはきっと、私より私の身体を知っている。私の敏感な場所も、反応も、手に取るように分かっているだろう。押し倒して、組み敷いて好きなように翻弄する。私が身動きが出来ないほどに押さえつけて、土方さんは舌なめずりする。征服欲が強いこの人は、私が悔しそうな顔をすればするほど喜ぶのだ。 胸元にわざとらしく音を立てて、ことさらゆっくりと紅い跡を残す。いやだ、と身を捩っての形ばかりの抵抗は、簡単に押さえつけられてしまう。私も、もちろん本気で嫌なわけではない。 私は土方さんに征服されたい。骨までしゃぶって、もっと私を悦ばせて。溺れて、息が出来なくなるまで沈んでいたい。 土方さんが私を知り尽くしているように、私もどうすれば土方さんが欲情するのか分かっている。眉根に皺を寄せる、否定の言葉を口にする、腕を突っぱねて土方さんの体を押し返す。抵抗すればする程、私が欲しくなるでしょう。私の身体をなぞる指の行き先も、口付けをする場所もお見通しだと言ってやれば、この人はどんな顔をするだろう。 土方さんは私の思った通り、望んだとおりに私を抱く。私を征服する土方さんを、私は支配する。二重構造の欲望の行き着く果てが二人だけの楽園だといい。甘えた声で名前を呼んで手を伸ばす。 |