かえっておいで、まってるから 空気が動いた感覚に、私は目を覚ました。少しばかり視線を上に向ければ、夜の闇よりも黒い瞳とぶつかった。 「悪ィ、起こしちまったか」 枕元の携帯から手を離して、土方さんは私の頭を撫でる。そんなことはない、とかぶりをふって、土方さんの胸に顔を埋めた。 時計を見遣れば、針は丑の刻を指していた。夜明けにはまだ、かなりの時間がある。それでも、携帯電話が鳴れば、土方さんは飛び起きて刀を携えて行ってしまうのだ。 今迄だって何度もそんなことがあった。ゆっくりと休暇を共に過ごせないことが不満なわけではない。私を置いて、土方さんが仕事に向かって行ってしまうのが嫌なわけでもない。ただ私は、ひたすら不安なだけなのだ。 寒くないか、と毛布をかけてくれる大きな掌が、背中に回された逞しい腕が優しい。そして、土方さんが優しければ優しいほど、私は泣きそうになってしまう。涙をこぼさないよう、奥歯を噛みしめていると、土方さんが心配そうに私の顔を覗き込んだ。 「? どうした?」 こんなにも思いやりのある人が、鬼と呼ばれているなんて、私には到底信じられない。強くて、真っ直ぐで、素晴らしい人が、私の恋人だなんて夢のようだと思う。 「どうもしないよ、少し寒いかなって」 私は笑ったつもりだったが、それは上手に伝わっただろうか。これ以上、土方さんに余計な心配はさせたくない。ただでさえ、お仕事は忙しく、寝ているときすら、携帯を気にせずにはいられない人なのだから。 「……それなら、いいけどよ」 釈然としないような口ぶりで、土方さんは私の髪を梳く。武骨な指が心地良い。このまま寝てしまおう。土方さんの腕の中以上に安心できる場所なんてない。そして、何もなかったかのように、朝を迎えればいいんだ。 「悪いな」 ぽつんと降ってきた言葉に私は身を竦ませる。なにが、と問う前に、土方さんは静かに続ける。 「お前に心配そうな顔ばかりさせちまう」 息が詰まる。土方さんは私の背に回した手に力を込めた。 「もっとわがままでも言やいいのによ、全部聞いてやるこたァできねーけど、そんなんでお前に幻滅したりすることもねェよ」 土方さんの吐く息が、私の前髪を揺らす。どこからか、煙草の香りが漂う。 「違うよ、私はわがままを言わないよう、我慢してるなんてことはないよ」 なんとか絞り出した声は、情けない程に震えていた。もっと、一緒にいたい、とか甘い言葉が欲しいとか、私が一番望んでいるのは、そういうものではなくて。溢れそうになる嗚咽を、必死で噛み殺す。 「悪い」 土方さんは謝罪を繰り返す。どうか謝らないで。私はただひたすら土方さんのことが心配なだけで。私の手の届かない所へ行ってしまったらと思うと、いてもたってもいられなくて。 土方さんに、謝らないで欲しかった。ただ、そんな心配は杞憂だと、笑い飛ばして欲しかっただけなのに。 |