終ぞあなたには届かぬままに




突然、夜着の隙間を縫って侵入してきた冷気に、微睡んでいた意識は夢の中から浮上した。どうやら布団がはねのけられたらしい。背や、肩が冷たい夜の空気に晒されて、私は思わず首を竦めた。
秋になったと思った途端、日が短くなり、木枯らしまで吹き始めた。夏物を仕舞わなくちゃ、とぐずぐずしているうちに、とうに冬はやってきていた。
布団にくるまろうと、寝返りを打ったら、さっきまでここにあった熱源が消えているのに気がついた。急に広くなってしまった布団、失われた温もり。
その原因の主は、私に背を向けて派手な着流しに袖を通しているところだった。


ゆっくりと身を起こすと、着崩れた襟元から冬の空気が入り込み、私は両手でしっかりと襟を引き寄せた。高杉はというと、私が起き上がったことに気付いていないのか、ただ無言で帯を締め、そこに刀を差した。
「もう、帰るの」
声をかけると、高杉はゆっくりと振り向いた。鋭い隻眼も、今は夜闇に紛れてしまっている。
「寝てろ」
質問に対する答えが返ってくるとは思っていない。ましてや、優しい言葉など。それでも、この男の居丈高な言い草に、私は少し腹を立てた。
「あんたが起こしたんじゃないの。好き勝手にウチに上がり込んで、振る舞って、私に何も言わずに出ていくつもり?」
早口でまくしたててから、後悔した。面倒な女と思われたかもしれない。もう、来てくれることもなくなるかもしれない。
いや、と私は思い直す。それでいいのだ。ふらりとやってきて、ご飯だけ食べて、好きなように私を抱いて夜が明ける前に出ていってしまうような男に、執着するようなことはないのだ。


いつだって私はこの男を心待ちにしているくせに、二度と会いたくないと憎むほどに嫌っている。ほとほと疲れているはずなのに、ふとした拍子にこの男を待ち侘びていることに気がつく。
私が解放されるのはいつだろうか、それとも自ら望んで蜘蛛の糸にかかっている者に解放などありえないのだろうか。
「そんなに迷惑してるってェなら、幕吏でも呼びゃァいいだろう」
なんの抑揚もない言葉に、怒りもなにもかも吹き飛ばされた。幕吏、ですって。そんなもの、呼ぶことができればとうに呼んでいる。
そうじゃない、迷惑だと言ったんじゃない。そう伝えたいのに、口が、舌が思った通りに動かない。
「そうじゃねェなら黙ってろ。俺ァこんな都合の良い隠れ家をわざわざ手離したかねーんだよ」
都合の良い女、と言われた気がした。なんて男だ。もう来るな、と、帰れと怒鳴りつけてやりたかった。掌をきつく、爪の痕が残るほど握り締めて不躾な男を睨みつけた。
「そんなにウチが都合が良いと言うなら」
こんなにも早く、静かに出ていくことはないじゃない。歯を食い縛って搾り出した言葉は、ひどく中途半端に途切れてしまった。一番伝えたかった気持ちは、私と高杉の、あまりに脆い関係に楔を穿つようなものだった。
報われることもなければ、突き放すこともできない。
だったらいっそ、高杉がこんな私の想いを斬って捨ててくれればよかったのに。
「いいか、
高杉の呼びかけに、私はゆるゆると顔をあげる。もう指先も体も冷え切ってしまっていて、寒さなんか感じなくなっていた。
「間違っても幕吏なんぞに捕まるんじゃねーぞ」
一瞬、高杉の目が光ったような気がしたが、それを確かめる前に、高杉は身を翻してあっという間に行ってしまった。
手を伸ばしても触れられない。声を枯らして叫んでも聞こえない。そういうものなのだ、と泣き寝入りするくらいしか、私にできることはない。
だったらせめて、もう少しくらい、温もりを残して行ってくれたっていいじゃない。布団に僅かに感じる体温に触れながら、冷えた身体を震わせた。